KAI SALLAS LONGBOARD CO.

世界トップのロングボーダーの1人であるカイサラスは自分のすべての知識を自分のロングボードの設計に注ぎ込みたいと考えていました。「私は、驚くほどうまく機能するボードを作りたいと思っています。そして、世界中のほとんど誰よりもロングボードでうまく機能するものを知っていると信じています。しかし、私はシェイパーではないので、自分のアイデアを取り入れて再現のすることができる人が必要です。トミー・マウス以外にこれをやる人はいないでしょう!」そしてカイとトミーのパートナーシップによって KAI SALLAS LONGBOARD COMPANYが始まりました。



OUR SHAPERS

Tommy Maus / Kai Sallas Longboard Company

サーフボードづくりに携わりだしたのは、1970年にカリフォルニアのサンタクルーズでサンディングマンになったことがきっかけでした。当時は、「オーバーリンサーフボード」や「ダグ・ハウトサーフボード」で働き、キャリアを重ねていました。シェイパーになったのは1977年。中央フロリダに行ってからのことです。そこで「クワイエットサーフボード」に携わり、のちに「ナチュラルアートサーフボード」で働くことになったのです。これらのブランドでは、繁忙期になると数名のシェイパーが働いていて、そのためシェイピング技術を磨きながらも実際にサーフボードを削る機会はなかなか訪れず、何年もサンディングとラミネートを担当していました。1993年頃、「ナチュラルアート」やリッキー・キャロルのファクトリーである「R&Dサーフ」でフルタイムのシェイパーとして働いていたとき、友達が「ドリフトウッドサーフボード」で働きだしました。するとロブ・サリバンがアメリカ東海岸とカリフォルニア向けのサーフボードをすべてシェイプしないかと聞いてきたのです。以来、1996年頃まで、「ドリフトウッドサーフボード」では本当によくシェイプすることになりました。そして、それがドナルド・タカヤマと出会うきっかけにもなりました。ドナルドは、カリフォルニアでシェイピングを手伝ってくれ、フロリダや東海岸で彼のサーフボードをプロデュースしてくれる人物を探していました。このとき、私のシェイパーとしてのキャリアは本当の意味でスタートしたといっていいでしょう。ドナルドは、サーフボードのデザインについて、サーフボードがどのように形成されるべきかについて、とてもよく指南してくれました。年に4~5回ほどオーシャンサイドに行き、ドナルドと彼がプロデュースするあらゆるデザインのサーフボード作りに精を出し、フロリダに戻ると、リッキー・キャロルのファクトリーでサーフボードを作りました。そしてまたシェイプの見識を高めるためにオーシャンサイドへ戻る。そのような動きを2002年まで行い、やがてドナルドは私と、私のパートナーでラミネーターであるウェイン・ホシザキにオーシャンサイドにある「ハワイアンプロデザイン」のファクトリーを引き継ぐことを提案してきたのです。その後、私はカリフォルニアへ再び戻り、ドナルドと一緒に10年間、彼が早すぎる死を迎えるまで働きました。誰もが知っているように彼は完璧主義者です。シェイプ法は彼のやり方こそが唯一。その方法を私はもっと学びたいと思っていましたし、実際に一緒に働くことで、シェイプのスキルと、サーフボードデザインに関するドナルドの知識を多く吸収できました。一方、経営についての見識を深められました。ドナルド・タカヤマがいないことに悲しみを覚えますが、彼は私たちに彼の名前を冠するにふさわしい美しいサーフボードを望んでいると思います。私たちは彼の期待に応えられるクオリティのサーフボードを、これからも作り続けていきたいと思っています。


SURFBOARDS